ユニオンWANのカサイさんによる「続・カサイの気持ち」を掲載

「フェミニズムの歴史と理論」サイト上の「非営利団体や市民運動における雇用や無償・ボランティア労働を考えるーユニオンWANの事例から」集会報告の中に、ユニオンWANのカサイさんの争議や集会を終えての思いを綴った「続・カサイの気持ち」を掲載しました。ぜひご参照ください。

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2010年6月6日 「非営利団体や市民運動における雇用や無償・ボランティア労働を考えるーユニオンWANの事例から」集会報告

WAN争議やユニオンWANの活動についての集会を2010年6月6日に東京田町の女性と仕事の未来館で開催しました。それについての報告を「フェミニズムの歴史と理論」サイトにアップしました。「非営利団体や市民運動における雇用や無償・ボランティア労働を考えるーユニオンWANの事例から」集会報告 をご参照ください。

以下のようなラインアップです。

当日の報告者と表題について

  • DVD「均等社会は夢ではない」一部上映
  • 遠藤礼子さん「WAN争議の経過と要点」
  • カサイさん「女の仕事の評価:シャドウワークとしての一般事務」
  • 質疑応答
  • グループワーク
  • 全体議論

司会:斉藤正美、山口智美

集会の報告

  1. 遠藤さん、カサイさんの報告と集会での議論の要点:山口智美
  2. 集会から浮かんだ課題と感想:山口智美
  3. ユニオンWAN集会を振り返って:斉藤正美

「非営利団体や市民運動における雇用や無償・ボランティア労働を考える」集会を開催しました

研究会主催事業として、「非営利団体や市民運動における雇用や無償・ボランティア労働を考える〜ユニオンWANの事例から」という集会を、6月6日(日)、女性と仕事の未来館第一セミナー室において開催しました。

ユニオンWANの遠藤礼子さん、カサイさんに講師としていらしていただき、具体的にユニオンWANの争議の経緯をお話いただくことにより、今までひどい実態に反してあまり語られてこなかった、非営利団体や市民運動団体における雇用や無償・ボランティア労働をめぐる問題について、課題を整理し、議論することができました。

詳しい報告はまた後日していきます。

アジア研究学会の「ジェンダーフリー」パネル報告#2

シカゴで開催されたアジア研究学会(Association for Asian Studies)で行ったパネルについて、既に斉藤正美さんの報告が当ブログにあがっているが、ちょっとした追加報告をあげておきたい。

今回のパネルは、ネット上およびリアル政治における「ジェンダーフリー」をめぐる係争と、その後の展開について、および骨抜き状態になっている「男女共同参画」の現状をテーマとした。私はいままで、アメリカでの学会のオーガナイザーを何度かやってきたが、これほど一貫したテーマですべての発表が行われるパネルは珍しい。前もってお互いの発表内容も交換し、このテーマについて議論を積み重ねてきたこともあり、発表についてもほかのパネリストの発表にも言及しつつのものとなり、パネルとしてとてもまとまったものとなった。結果としてとても充実した議論につながったのは、オーガナイザー冥利につきた。発表者の皆さん、およびディスカッサントの山口一男さんに感謝したい。そして、会場にいらしていただいた皆様にも。

まず私(山口智美)が、「ジェンダーフリー」という言葉が「発見」された1995年から現在に至るまでの、「ジェンダーフリー論争」の背景を説明する発表をした。双風舎編集部編『バックラッシュ!』掲載の、「ジェンダーフリー論争とフェミニズムの失われた10年」論文の内容に、2006年から現在に至るまでの展開を加えた内容の発表である。とくに、フェミニズム側が「バックラッシュ」というものを、現状分析が欠落したまま、「フェミニズムが成功した成果のあらわれ」であると妙にポジティブに捉えたり(斉藤さんも言及している岩波『日本のフェミニズム』増補版の記述などがこれにあたる)、あるいは逆に一方的に「怖いもの」「下らないもの」であるとして、とくにネット上のバックラッシュについてタッチしないで放置というスタンスをとってきたことなどの問題にも言及した。ローレン・コーカーさんは、「ジェンダーフリー」という言葉の中の「ジェンダー」に着目。日本のフェミニズムというコンテクストで、「ジェンダーフリー」の起源であるとされた(それは間違いだったわけだが)バーバラ・ヒューストンのほかに、いかにクリスティン・デルフィーの「ジェンダー」概念がとりいれられていったかについて論じた。それは、バトラーらの「ジェンダー」概念が広がっているアメリカでは、一般的にわかりづらい概念であるという。このローレンさんのデルフィについての発表と、私のヒューストンの論文中の「ジェンダーフリー」が日本で間違って解釈され、使われたという議論をあわせることで、日本における「ジェンダーフリー」概念の発生についての背景についてかなり説明できたのではないかと思う。

荻上チキさんは、「ジェンダーフリー論争」をめぐり、ネット上で起きたフェミニズムバッシングについて解説、分析する発表だった。自ら「ジェンダーフリーとは」のまとめサイトを作り、バッシングの流れと違うフローを作ったという経験に基づき、日本のネット文化のひとつの特徴でもある「まとめサイト」が果たす役割であるとか、こういったネット上の動きが「ポスト社会運動」といえるものになっているが、そういった動きにフェミニズムが対応できていないことなども指摘した。実は今回のパネルは、荻上さんにとっては英語発表デビューだったのだが、見事にばっちりとこなしておられた。その後、小山エミさんが、「ジェンダーフリー論争」以降の動きとして、毎日新聞のwaiwaiをめぐる騒動と、国籍法改正をめぐる騒動の2つのネット上での動きをとりあげ、その動きの背景にあるセクシズムと排外主義について言及。それらの動きは実際の社会運動、政治的な動きにもつながってくるものだと指摘した。荻上さんと小山さんの発表は、両方ともネットにおける「運動」が実際の政治や社会に大きなインパクトを与えうる動きである(そして実際に与えている)ことの重要性を指摘したものだったと思う。

斉藤さんの発表は、いくつかの県や市などで導入されているという「男女共同参画推進員制度」について、とくに富山のケースに焦点をあてて分析しつつ、「男女共同参画」の地方における実践が、料理教室、寸劇、カルタなど、いかに実効性がない、ある意味無意味なものになってしまっているかについて議論したものだった。「ジェンダーフリー」という言葉を使い推進された「市民の意識啓発」は、「ジェンダーフリー」という言葉が行政の場であまり使われなくなった現在でも実質上続いており、それがむしろ「男女共同参画」の実現にマイナスに影響しているのでは、という指摘だった。そして、「ワークライフバランス」など、国の男女共同参画政策に実際に関わり、詳しいディスカッサントの山口一男さんが、現在の日本の「男女共同参画」政策の問題を指摘、とくに、地方での動きがいかに実際の平等の達成というゴールから無関係なものになっているか、と指摘した。斉藤さんの発表と山口一男さんのコメントで、日本の男女共同参画政策の問題点がかなり浮き彫りになったと思う。

そして、このパネルおよび議論の中で、小山エミさんも発表の中で指摘していたのだが、リベラル側のネットの積極活用が目立つアメリカに対し、保守側のネット活用が目立つ日本、という対比がどこからくるのか、という新たな論点がでてきた。この論点に関連し、当研究会でもより一層研究をすすめていこうと考えている。

パネル自体も成果が大きかったが、自分たちのパネル以外でも、ほかのパネルへの出席や、学会で出会った研究者の方々との会話、議論などを通して、新たな視点を得られたことも大きい。

パネル準備期間、シカゴでの滞在中ともに、パネルの皆さんと議論を積み重ねる機会をもてたことがなんといってもよかった。このパネル実施を可能にしてくださった、サントリー文化財団の助成プログラムに心から感謝したい。

アジア研究学会パネル発表の報告

 2009年3月26-27日の両日、シカゴ の街中シェラトンホテルでのアジア研究学会(Association for Asian Studies)2009年年次大会に参加して思ったことを少し報告する。なお、わたしたちの発表プログラムはここにあります。概要は、本サイト個人サイトでも紹介しています。

 この期間、日本では桜の開花が言われている時期であるが、現地は寒く、帰路は雪に見舞われフライトも雪を解かす作業で大幅に遅れる始末であった。

 わずか2日半のシカゴ滞在であったが、パネル発表における討論者との発表内容についての議論およびその会場に来られていた方からのコメントやその後の参加者との会話を通じて、これまで考えてきたことを確認したり新たに発展させることができたのは最大の成果であった。われわれの旅費を出していただいたサントリー文化財団に感謝したい。

  まず、パネリストである山口智美、ローレン・コーカー、荻上チキ、小山エミさんの発表とのつながりから考えること、および討論者の山口一男さん(シカゴ大学社会学)からのコメントを通じて考えたことは多かった。特に山口一男さんは国の男女共同参画政策にも関わりをもっておられるので、わたしが富山における男女共同参画政策の現状を話したことに関心をもってくださったようだでそのコメントから得ることは多かった。

 例えば、わたし(斉藤)の報告では、富山ではワークライフバランス政策が子ども向けカルタなどの意識啓発の対象となっていることや男女共同参画推進制度が寸劇をやることや男の料理教室を開催するなど、「男女ともに協力する」ということに傾斜している実情を話した。

 そうしたことについて、討論者の山口一男さんは、地方では男女共同参画の法律が施行されていても、実質的には骨の髄まで抜かれている(”taking-out-the-teeth”)現状(Honenuki)と評された。

 会場からも質問が出て女性運動が取り込まれたり弱体化しているのではないか、他にもっと有効な運動はないのかと懸念するコメントもいただいた。自分の書物で引用したいが書いたものはないかという質問も受けた。このような反響があったのはおそらく、般に出回っている日本の男女共同参画制度の評価と私が紹介した内容がかなり相反するものであったこともあるだろう。

 というのも、最近のフェミニズム系の書物を読むと、「九〇年代からの一五年間は、日本においてジェンダー政策が主流化し、女性学が制度的な知の再生産のもとで若手の研究者を次々に送り出すなど、多様で多産な時期でした。その成果に脅威を感じるかのように、フェミニズムに対するバックラッシュすら登場しました」(岩波『新編日本のフェミニズム』)というように、日本のフェミニズムは「バックラッシュ」を受けるほど政策が主流化し成果を挙げたという評価になっているからだ。これは、山口智美さんもすでにご自身のサイトで考察しておられるので参照ください。

  このようにシカゴの学会では、男女共同参画政策が成功しているという一般的な見解は異なる現状の一端を示してきたのであった。

日本女性会議とやまについての報告


 1017-18日に富山市で開催された日本女性会議2008とやまに、当研究会から荻上、斉藤が参加した。この会議の参加者は2600名と男女共同参画運動としては日本でトップ級の規模を誇る。しかし、参加者からの聞き取りによれば、全国の自治体関係者が日頃つきあいのある民間団体関係者とのバス旅行で親睦を図る目的を兼ねているという面もあるという。実際の会場は加藤登紀子による歌や富山の民謡などが賑やかに披露されお祭り的な要素も随所に見られるものであった。

 日本女性会議とやまではお祭り的なイベントが多く、情報メディアをテーマとした分科会やフォーラムがまったくないことから、当研究会では独自に1018日富山市の会場近くで当研究会の荻上による「大人から始めるインターネット」という企画を実施した。地元富山の方や日本女性会議に参加されている大阪、広島からなど約20名の熱心な参加があった。Lanに接続してネット情報を見せながらインターネット情報について「ネットいじめ」や「学校裏サイト」などの課題があることが話された。

 また、この日本女性会議とやまは、いわゆる「バックラッシュ」派と目されてきた首長が音頭をとって開催した男女共同参画イベントであった。これまで「ジェンダーフリー論争」や「ジェンダー」に対するバックラッシュの議論では、「バックラッシュ」勢力対「男女共同参画」勢力といった図式で語られることが多く、モグラたたきのようでも一つ一つ対抗手段をとっていく必要があると指摘されてきた。しかしながらこの日本女性会議とやまは、これまでの「バックラッシュ」の分析ではとらえきれない妥協的なイベントであった。男女共同参画政策の評価については、二元的ではない新たな分析方法が考察される必要があるように思われる。


NWEC夏の交流フォーラムへの参加報告

         

        

 2008829-91日、埼玉県嵐山町にある国立女性教育会館(通称NWEC)で開催された「男女共同参画のための研究と実践の交流推進フォーラム」に当研究会から荻上、斉藤が会場に足を運んで参加し、メディア・コミュニケーションと男女共同参画についてをテーマとするワークショップに直接参加した上で、トップダウンの男女共同参画の流れが現在どのように進行しているのかを分析した。また、当研究会からは新たな方向性となるワークショップ企画を実施し、現状に対する対抗モデルを提示した。当研究会が行った企画は、 「情報発信メディアと男女共同参画の視点ーミニコミからインターネットまで 多様な取り組みから」というワークショップである。このワークショップには当研究会4名全員参加(小山、山口はオンライン参加)、他に6名の研究者、実践者にパネリストとして参加していただいた。会場には約30名が集まり活発な意見交換が行われた。

参加したワークショップでは、全国の男女共同参画センターが規模の縮小もしくは指定管理への移行などにより縮小傾向が見られるということで、常勤、非常勤スタッフや地域の男女共同参画運動関係者は危機感を募らせていた。それに対して、女性学やnwecから出される男女共同参画政策は、依然として従来通り「女性情報でエンパワーメント」「ワークライフバランス」「ひとつ働き方を変えてみよう。カエル!ジャパン」などnwec、世界女性会議などの情報を民間に下ろしていくトップダウン型を堅持し、地域で起きている不況や地盤地下の現実と遊離した非現実的な男女共同参画政策を浸透させようとしていることがわかった。また、在留外国人やエスニックマイノリティ、クィアなどの話題も出てこず、情報といえば図書館の書籍情報が中心で多様性がなく、情報テクノロジーの進展にも無関心であることが判明した。

そうした、人々を一様にとらえた、多様性への視点が欠けたトップダウン型男女共同参画政策の浸透に対して、こちらは対案的なワークショップを開催した。

 対案をなす要素は、第一に、現在主流の「男女共同参画政策」枠から外されがちな、「クィア」に焦点をあてることで、既存の「ジェンダー」枠や主流の「セクシュアリティ」のありかたそのものを疑い、より多様な現実をみすえたコミュニケーション課題について考えたことである。運動の使うメディアがミニコミからインターネットと変化する中で生じている、フェミニズム運動やクィア運動におけるコミュニケーションの課題についてさまざまな提起があった。

 第二に、中産階級中高年の女性(および年金生活者の男性)を対象としがちな「男女共同参画政策」に対し、当ワークショップでは20代、30代の声、性別二元制やヘテロセクシズムに疑義を呈する声など、多彩な声を反映する必要性を明らかにした。

 

 第三に、当ワークショップにおいて、インターネットを通じてアメリカの2つの都市に住む当研究会メンバー山口、小山による映像、音声つき議論への参加を実現したことで、限定されたフォーラム参加者内のみならず、nwecの男女共同参画フォーラムでの議論を外部にも広げる新たなモデルを提起した。

 なお、当研究会のワークショップは、後日インターネットを使った動画配信も行い、参加者によるブログでの報告も行われた。ワークショップについての報告は、こちらで詳述されている。